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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)1885号 判決

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判が確定した日から一年間右刑の執行を猶予し、その期間被告人を保護観察に付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和四九年五月一日東京都公安委員会から自動車運転免許証の交付を受け、タクシー運転の業務に従事していた者であるが、

第一  同委員会から再交付を受けた免許証(免許証番号第四二六七〇二八五六一一号)を金融業新宿質屋支店に質物として預け入れているのに、更に昭和四九年一一月一四日ごろ、東京都品川区東大井一丁目一二番五号警視庁鮫洲運転免許試験場において、同免許証を遺失したと偽つて、同委員会あてに運転免許証再交付申請をなし、同年一二月三日ころ、同試験場において、同所係員を介し、同委員会から自動車運転免許証(免許証番号第四二六七〇二八五六一二号)の再交付を受け

第二  前記委員会から再交付を受けた前記免許証(免許証番号第四二六七〇二八五六一二号)を金融業伸和産業に質物として預け入れたのに、更に昭和五〇年七月九日ころ、前記試験場において、同免許証を遺失したと偽つて同委員会あてに運転免許証再交付申請をなし、同月一八日ころ、同試験場において、同所係員を介し、同委員会から自動車運転免許証(免許証番号第四二六七〇二八五六一三号)の再交付を受け

もつてそれぞれ偽りの手段により免許証の交付を受けたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

罰条

各道路交通法一一七条の三第二号(懲役刑選択)

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い第一の罪の刑に加重)

刑の執行猶予・保護観察

刑法二五条二項、二五条の二第一項後段

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件各公訴事実は、偽りの手段により免許証の再交付を受けたというものであつて、道路交通法一一七条の三第二号の偽りその他不正の手段により免許証の「交付」を受けた者に該当せず、何ら罪となるべき事実を包含していないから、刑事訴訟法三三九条一項二号に則り、決定で公訴を棄却すべきであると主張するが、当裁判所は、この主張を採用しなかつた。その理由を次に述べる。

一、道路交通法一一七条の三第二号にいう「交付」に「再交付」が含まれるか。

なるほど、同法において運転免許証の交付と再交付は文言上も区別されており、両者の法的性質をみても、前者が運転資格である免許を与える行為であるのに対し、後者は、免許の証明書の交付にすぎないという違いがあるし、これに伴い免許証の交付に至る手続も異なる。衆議院地方行政委員会における赤澤国務大臣の右条項改正の提案理由説明においても、「最近増加の傾向にある自動車教習所における不正卒業証明書の発行、免許試験におけるかえ玉受験等の事犯の予防をはかろうとするもの」と説明されている。

しかし、両者は免許証の交付という形態において共通しているばかりか、後に述べるように、偽りその他不正の手段により免許証の「交付」を受けることも、同様の手段により免許証の「再交付」を受けることも、結局無免許運転につながる危険を含むものであつて、これを取締る目的において同質のものと言える。

そして、右条項以外に不正の手段により「再交付」を受けた者を直接取締る規定は存しない。正当に再交付を受けた後に、亡失した免許証が発見あるいは回復された場合これを返還しないことを処罰する同法一二一条一項九号の規定が存することも、これより更に悪質で危険性の高い不正手段による免許証再交付を処罰する規定の存在を示唆するものと言うべきである。

二、同法一一七条の三第二号の「交付」に「再交付」が含まれると解するならば、同法全体の中で刑の均衡を失し、不当に重く処罰されることになるか。

替玉試験等不正手段による免許取得が、実質的に運転能力のない者の自動車運転につながり、その道路交通上の危険性は明白であるが、偽りによる免許証再交付(二重交付)も、実は免許停止、取消の際に亡失したはずの免許証を携帯して無免許運転をする危険、あるいは、他人に譲渡され、改変されて無免許運転に使われる危険を内包しているのである。

現にそのような事件が発生していることは裁判所に顕著な事柄である。

ともすると、全く免許を取得したことがない者の運転行為と免許停止中あるいは免許を取消された者の運転行為ではその危険性が質的に異なるように見られることがあり、それが、弁護人が指摘するような不正手段による免許証交付と再交付の危険性の「違い」に反映しているように思われる。それでは、なぜ免許停止あるいは取消の行政処分を受けた者の運転行為が、本来の無免許者のそれと同一の規定(法一一八条一項一号)によつて処罰されるのか。

それは、道路交通法違反を反復するような順法精神の欠けた者、あるいは事故を度々起す者等運転適性に問題がある者の運転行為の危険性は、正規の運転技能教習を受けず、運転に関する知識の教習も受けない者の運転行為のそれに匹敵するからであると解される。

このように、一見種類の異なる無免許運転が同一の規定によつて処罰されることが是認されるならば、替玉試験等不正手段により免許証の交付を受ける行為と免許の停止、取消を予想して、不正手段により再交付を受ける行為を同一規定によつて処罰しても不都合はないと言える。

また、再交付を受けた後、亡失免許証を発見、回復した場合の免許証不返還が法一二一条一項九号(一万円以下の罰金又は科料)によつて処罰されるのに、法一一七条の三第二号の法定刑が一年以下の懲役又は五万円以下の罰金であるのは、その法定刑の差が大きすぎるかのようであるが、両者の犯情の違いは否定できないし、後者の法定刑の巾は大きいので量刑上裁量の余地を不当に狭めることにもならないと言える。

三、以上検討したところによれば、被告人の本件各犯行は法一一七条の三第二号に該当すると解するのが相当であり、そう解することにさしたる不都合はないと考える。

衆議院における国務大臣の説明は言葉足らずで誤解を受けるおそれがあるが、これも法改正を提案する主たる動機を説明しているにすぎず、本件のような場合を除外する趣旨ではないと解することができる。

よつて、弁護人の前記主張は採用できない。

(情状)

被告人は、昭和四八年四月一八日東京地方裁判所において、業務上過失傷害罪により禁錮一〇月、四年間執行猶予の判決を受け(同年五月三日確定)執行猶予中に本件犯行を犯したもので、本件も二度にわたつて不正に免許証の再交付を受け、もつて無免許運転に発展する危険性を現出させたことは、道路交通の安全の見地から軽視しえないものがある。

しかし、当法廷において取調べた証拠によれば、本件各犯行は、いずれも、金融業者に借金の担保として免許証を差入れたため、タクシー運転の営業上の必要から犯したものであつて、直接無免許運転につながるような危険性はなかつたことが認められる。この点は量刑上十分考慮されなければならない。また、被告人には、業務上過失傷害の前科が三回あるが、道路交通法違反あるいはその他の刑法犯等の前科がないこと、同様の犯行をくり返さない為に父の経営する飲食店の手伝いをしつつ、安定した職業を求めて努力していることなどの有利な事情を考慮し、再度刑の執行を猶予することにした。

よつて、主文のとおり判決する。

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